花押新書体

 


花押新書体は鶴川流望月鶴川が従来の花押書体を元に再度分析し、1
987年に創作方法から新たに区分けをし現在の創作基準とする分類法を考え創案しました。

2000年には横書き用書体をグレース書体と命名し、新しい創作基準を作成。
下記5書体はその書体名称になります。

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天地明朝体

上下に「一」を配し徳川家康の花押がその典型で、上下の「一」は 「地平天成」 の意味として使われ
三才の「天地人」を基本とした創作法。

明朝草名体
足利尊氏を基本とした三才の形が入った草書の良さ、かなの流れを取り入れた花押創作法。

一字草名体

実名、又は他の文字を使用し、新たな文字を作成する如く、一字として花押を創作する方法で
三才など特定の手法にこだわらない。

草名新体

文字とは別に鳥や花など動物やものを形象化し、その中に草書体、または楷書などにて
文字の一部を挿入した花押創作法。

グレース書体

現代の署名は横書き形式がクレジットカード始め主流になりつつあります。
漢字。又は英文を横書き用に線の流れを変えずに花押の意義も含めた創作法。

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花押は公家・武将・僧侶等に多く使用され、
身分・地位・そして野望・夢を表していました。
格調高い自己啓発ツールです。

花押」の発生は、中国の唐(8世紀頃)の時代と考えられ、日本で「花押」が使用されるように
なったのは、平安時代中期(933年の坂上経行の花押が初見)と言われています。

それまでは、文書に「自らの名 」を 自署していただけでしたが、署名者本人を他者と区別
するために、その人の好きな文字や名前の一部を 草書体に崩したり、
図案化したものを自署するようになりました。

その形が花の形にみえることから「花押」と呼ばれるようになり「花押」は、貴族社会から
誕生しました。

鎌倉時代(中世)以降は、武士の文書発給が急増したことで、武士が「花押」を使うようになりました。
戦国時代には、さらに自由な発想が生まれ、動物の形などを図案化した「花押」が多数登場し、
必ずしも実名を元に「花押」が作られなくなりました。

また、「花押」の模倣を防ぐために、複数の「花押」を用途によって使い分けるといったこともされる
ようになりました。織田信長は、生涯に10回も「花押」を変えたと言われています。

江戸時代には、「花押」を版刻したものを墨で押印する花押型(かおうがた)が普及し、
「花押」が印章と同じように使用されるようになりました。印章の利用が普及したことで、
「花押」が使われる機会(実際に書く)が減っていきました。

■  究極の自己啓発

まさに花押の本質はここにあると云えるのではないでしょうか。人生の指針はなにか。
その答えが実は一番身近な名前の中にあります。

信長・秀吉とその生き方、夢が花押に託され自己の表現としてあるように、
生まれた時に付けられた名前には、願いと重みがあったはずです。
そしてその名前には夢や将来が託されていたはずです。 自分だけの一生をともにする名前
こそ最高のブランドであり、花押は、それを形にし、表現した生涯の貴重な誰もが持つ自己啓発
の鑑です。
花押を書く。それは自分の夢への第一歩が現実に記されていく事です。

 


.2009年9月  望月鶴川 記